「身体を治す」とはどういうことか?――山で見つけた、治療家としての真髄

雑記

登山を趣味にしていると、時折、自然のなかに「人生や仕事の真理」が隠れていることに気づかされます。

私がお気に入りの山を登っているとき、いつも足を止めてしまう場所があります。そこには、巨大な石と、それを真正面から受け止める一本の木があります。

転がり落ちる石を止める「木」の存在

その場所には、かつて山の頂上方向から転がり落ちてきた、何十トンもあるであろう巨石があります。その猛烈な勢いを、一本の木がその身を挺して食い止めているのです。

この光景を見るたびに、私は**「治療」という行為の本質**を考えずにはいられません。

私たち人間は、どれほど健康に気を使っていても、人生のどこかで予期せぬ「坂道」を転げ落ちることがあります。

  • 突如として襲いかかる肉体的な激痛
  • 自分自身を支えられなくなるほどの精神的な重荷

勢いがついてしまった苦しみを、自分一人の力で止めるのは容易ではありません。そのとき、あの巨石を止めた「木」のように、真っ先にその衝撃を受け止め、さらなる転落を防ぐ存在こそが治療家なのだと思うのです。

治療家の第一の役割:まずは「止める」こと

構造医学の視点で考えれば、身体の不調は「構造の破綻」から始まります。重力に対して自分を支える力を失ったとき、人は病気や痛みという名の谷底へ向かって加速していきます。

治療家にまず求められるのは、その加速を食い止めることです。 精神的、肉体的な問題で自らを支えられなくなったクライアントに対し、まずは「これ以上悪くならないための支え」になること。この**「最初に止める」という工程**こそが、治療の第一歩であり、治療家の大きな存在価値です。

治療家の第二の役割:再び「登る方向」を見つける

しかし、止めるだけでは十分ではありません。 石が止まった後、次に必要なのは**「冷静さ」を取り戻すこと**です。

痛みや苦しみの真っ只中にいるとき、人は自分がどこにいて、どこを目指すべきかを見失ってしまいます。 治療家は、クライアントが再び自分の足で立てるよう、

  1. 現状を客観的に分析し、冷静さを取り戻す手助けをする
  2. 再び山を登るための「正しいルート(健康への道筋)」を一緒に見つける
  3. 最初の一歩をそっと後押しする

ここまで伴走して初めて、「治療した」と言えるのではないでしょうか。

私が目指す治療家の姿

あの山の木のように、誰かが人生の重みに耐えかねて転がり落ちそうなとき、迷わずその支えになれる存在でありたい。 そして、クライアントが再び空を仰ぎ、自分の力で一歩を踏み出す瞬間に立ち会いたい。

そんな治療家を目指して、私は今日も構造医学の知見を深め、一人ひとりの身体と心に向き合っていきたいと考えています。



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